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諏訪神社の踊り場で船を回す御朱印船。両脇で采を振る根曳衆

長崎くんち 奉納踊り

御朱印船について

安土桃山時代から江戸初期にかけて、

  • 豊臣秀吉
  • 徳川家康
  • 徳川秀忠

が許可をした海外渡航許可の朱印状を携えて、貿易を行った船を「御朱印船」といいます。

長崎の貿易商の荒木宗太郎は、御朱印船主として自ら指揮をとり、アジアの海を股にかけ活躍した人物です。

特に安南(ベトナム)国王からの信頼は厚く、ついにはアニオー王女を妻として迎え、長崎へ帰ってきました。

町中の人たちが目を奪われた、当時の華やかで豪華な「アニオーさんの行列」を再現したのが、本石灰町の長崎くんちにおける「御朱印船」の奉納です。

船についている「逆さVOC」の旗は、オランダ東インド会社の社章である「丸の中にVOC」を上下逆さにし、東インド会社に見誤らせ安全を図ったと言われています。

御朱印船の甲板。荒木宗太郎とアニオー姫に扮した子どもたち

長崎では「アニオーさんの行列のごたる」という言葉は「とても豪華絢爛で長い行列」という意味で使われています。

本石灰町の傘鉾。赤い垂に刺繍、飾には千成瓢箪と朱印状

歴史的背景が深い本石灰町の傘鉾(かさぼこ)は色鮮やかな赤色で染められた垂(たれ)です。

元禄元年(1592年)、荒木宗太郎がはじめて豊臣秀吉より朱印状を受けました。

このことに由来し、飾(だし)には豊臣秀吉が戦いに向かう際に使用した印「千成瓢箪(せんなりびょうたん)」が大小対になりドンと飾られています。

さらに、正面には朱印状を、後面には安南(ベトナム)より出された交易の保証書「金札(きんさつ)」が添えられています。

諏訪神社の踊り場と観客席、奉納される御朱印船令和五年奉納 本石灰町 御朱印船のデザイン画